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経営的視点から考える「e-文書法」対応の効果とは?
政府のIT戦略本部が2001年1月から推進しているe-Japan戦略で、重点政策に位置付けられたのが、IT活用を促進するIT規制改革。その具体的施策の一つに位置付けられた「e-文書法」が、2005年4月1日に施行されます。これまで紙での保存が義務付けられていた財務関係文書や税務関係文書の保存が容認されることで、何が変わろうとしているのでしょうか。今回は、技術的な課題にも触れながら、経営的な視点からの「e-文書法」の効果について考えてみましょう。
e-文書法のメリットはコスト削減だけではない
企業経営でITが果たしている重要な役割の一つが"スピード"。決算や売上状況に応じた発注などの個別業務のスピードはもちろん、顧客ニーズの把握から企画、開発、調達、生産、出荷、あるいは受注から配送、納品といった一連の業務からなるビジネス全体のスピードが、現在の企業競争力を大きく左右していることは確かです。また、急速な経営環境の変化に対応するスピードや新規事業を立ち上げるスピード。さらに最近は、企業価値に影響を与える問題が発生した際の対応スピードも重視されています。その対応の遅れが事態をさらに悪化させてしまうケースも少なくないためです。現在ITは、こうした企業経営の様々な場面で求められるスピードを支援していると言えるでしょう。
この"スピード"という観点で企業経営にもたらす効果が期待されているのが、2004年11月に成立、2005年4月1日に施行される通称「e-文書法」、「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」です。e-文書法とは、これまで法人税法や地方税法、証券取引法などで紙での保存が義務付けられていた財務関係文書などの電子保存を容認する法律。対象になるのは、取引先から受け取った見積書や注文書、契約申込書、送り状、納品書、検収書、請求書といった税務関係書類、カルテや処方箋といった医療関係書類、定款や株主総会議事録などの書類です。
目的は「電磁的方法による情報処理の促進を図るとともに、書面の保存等に係る負担の軽減等を通じて国民の利便性の向上を図り、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与すること」(第1条)。背景にあるのは、IT化が進展しているにも関わらず、紙による保存が義務付けられていることで、企業の経営活動や業務の効率化が著しく阻害されているという実態。規制によってITを活用できないために、企業の競争力や日本の国際競争力の向上が妨げられているという危機感だと言えるでしょう。
政策上の位置付けは、IT活用を促すための規制改革の一施策。求められるのは紙文書の電子化ではなく、電子化によって生まれる効果を企業経営に生かすという考え方です。したがって、企業経営にとってのe-文書法のメリットは、電子保存が容認された文書の保存に関わる業務のすべてを視野に入れ、様々な視点から見極めておく必要があります。
例えば、e-文書法が成立に至る過程で、最も注目を集めた効果に、税務書類の保存コストの大幅な削減があります。きっかけは、社団法人日本経済団体連合会(経団連)が2004年3月に政府に提出した「税務書類の電子保存に関する報告書」で示された、税務書類の紙による保存コストが経済界全体で年間約3,000億円にのぼるという試算結果。3,000億円というインパクトの強さから、現在でもe-文書法の効果として、保存コストの削減ばかりが注目される傾向にあることも事実ですが、その効果はコスト削減だけにとどまらないことを認識しておく必要があります。
ここで経営的な視点からの効果で重要なキーワードになるのがスピード。保存すべき多くの文書は、発生から受付、審査、承認といった一連の業務と関わっているためです。電子保存によって、それらの個別業務、一連の業務の流れのスピードアップが可能になるという効果は非常に大きいと言えます。
e-文書法の成立を受け、経済産業省は2005年1月に企業向けのガイドラインとして「文書の電磁的保存等に関する検討委員会中間報告書 -文書の電磁的保存等の要件について-」を発表しました。単にe-文書法に対応するだけではなく、「民間事業者等が自主的に文書の電磁的保存等を行う際の文書のイメージ化にも包括的に参照できるガイドライン」であるこの報告書では、電子文書の利点と留意点を整理した上で、期待される効果とその内容の例として次を挙げています。
- リスクの管理
- A)情報共有化によるリスクの早期解決
- B)情報の機密性の強化
- C)過失、不正の防止
- D)災害等への対応
- コストの削減
- A)作業効率の向上と作業人件費の削減
- B)保管コストの削減
- 競争力の強化
- A)法令遵守(コンプライアンス)への対応と信頼性の向上
- B)顧客満足度の向上
- C)電子政府・電子商取引への対応
- その他
- A)環境問題への対応
- B)テレワークの実現
- C)紙文書から電子文書への橋渡し
リスクの管理や競争力の強化。これらの効果は、多くの企業にとって大きな価値であることは間違いありません。企業に求められているのは、e-文書法という新たな法律に対応することにより、様々な面で自社の企業価値を高めるという発想です。
国税関係書類の技術要件はすでに省令で明確化
電子保存の技術要件でポイントになるのが、真実性と可視性の確保です。簡単に言えば、真実性の確保とは、保存されている文書が改ざんされていないオリジナルの文書であることを保証できることであり、可視性の確保とは、求められる文書をすぐに特定し、画面や印刷によって目に見える形で表示できること。これらの根底にあるのは、電子データのままでは改ざんなどの痕跡が残りにくい上に、電子データ自体が目に見えないため、表示装置やプリントアウトが必要になるといった、紙文書にはない電子文書ならではの特性です。
真正性の確保を支えるのが、PKI(Public Key Infrastructure)をベースとした電子署名やタイムスタンプという技術。紙文書をスキャナで読み取り電子化した文書に電子署名を付与することで、"誰が"作成した文書であるかを証明し、その文書が改ざんされていないオリジナルの文書であることを証明でき、さらにタイムスタンプを付与することで、"いつ"作成された文書であるかを、第三者が証明できるようになります。e-文書法は、経済界からの要望や危機感だけではなく、これらの技術基盤が確立したことで成立したという背景もあります。
ただし、e-文書法が対象とする文書の内容や性質は様々であり、そもそもどの文書に適用されるのか、真正性の確保という観点からどの文書にタイムスタンプが必要なのか、可視性の確保という観点からどのレベルの解像度で読み取る必要があるのかいった具体的な要件が共通しているわけではありません。さらにe-文書法の関連法は、銀行法や証券取引法など251にも及びます。そこで具体的な要件については各省庁が4月までに、所管する業界に応じて省令を定めることになります。
e-文書法の成立を受け、関連する多くの省庁がそれに対応する省令案を公表し、意見の募集を開始。すでに要件が明確になった省令もあります。例えば国税庁は2005年1月31日に公布した、「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則の一部を改正する省令」です。要件が最も厳しいと言われているのが国税庁の省令。例えば対象となる文書については、「契約金額の記載のある契約書又は金銭若しくは有価証券の受取書で、その記載された契約金額又は受取金額が3万円未満のものを除く」ことが明記されています。
スキャナで読み取る際の解像度については、「1ミリメートル当たり8ドット以上」、「赤色、緑色及び青色の階調がそれぞれ256階調以上」。これはフルカラーで200dpi以上に相当する解像度を要求していることになります。出力についても、「映像面の最大径が35センチメートル以上のカラーディスプレイ及びカラープリンタ並びにこれらの操作説明書を備え付け」という条件とともに、「拡大又は縮小して出力することが可能であること」、「日本工業規格Z8305に規定する4ポイントの大きさの文字を認識することができること」といった具体的な要件が示されています。
真正性の確保に関しては、「当該取引情報の授受後遅滞なく、当該電磁的記録の記録事項に電子署名を行い、かつ、当該電子署名が行われている電磁的記録の記録事項にタイムスタンプを付すこと」としたほか、「電子署名が行われている当該国税関係書類に係る電磁的記録の記録事項に財団法人日本データ通信協会が認定する業務に係るタイムスタンプを付すこと」とその手順も明確化。電子署名とタイムスタンプについては、課税期間中に「任意の期間を指定し」、「一括して検証ができること」という要件も示しています。一括して検証できるとは、電子署名やタイムスタンプが付与された文書は膨大になり、一つずつ検証するのは困難なため、ある程度まとめて検証できる仕組みを用意しなければならないということです。
署名有効性延長モジュールの製品概要
システム構成例
三菱電機インフォメーションシステムズ(MDIS)が提供する署名有効性延長システム。 RFC3126に準拠した署名延長フォーマットに対応し、署名やタイムスタンプの有効期間、失効を管理しながら自動的に署名の有効性を延長できる自動スケジューリング機能を搭載。長期間に及ぶ真正性に対応できるだけではなく、国税庁の要件である一括検証にも対応可能。また、紙文書での運用に比べ、文書保管コストを大幅に削減することができる。
(※)電子商取引推進協議会(ECOM)が「電子署名文書長期保存に関するガイドライン(平成14年3月発表)」で有効性延長技術を推奨。
運用上の課題は長期保存への対応
電子署名やタイムスタンプという個別の技術が確立され、e-文書法が成立したといっても、技術的な課題は残されています。大きな問題は、長期保存という運用上の課題にどう対応するか。そこにはいくつかの側面があります。
まず大きな問題は、税法で7年、商法で10年といった、法律で義務付けられた保存期間に対して、電子署名の有効期間が一般的に1~3年程度、タイムスタンプの有効期間が一般的に5~10年程度と短い場合があるという点です。また、電子署名の証明書は、署名者の所属する部署名などを特定した上で発行されるケースもあり、署名者の異動や退職があれば、仮に有効期間内であっても有効性が保証されなくなる失効という仕組みもあります。つまり、長期的な運用を考えると、電子署名やタイムスタンプを付与するだけでは、文書の真正性を確保できないということです。さらに対象となる文書は膨大であり、月に一度、四半期に一度というサイクルで発生する文書もあれば、日々増加していく文書もあります。仮に、技術的に更新できるとしても、これらすべての文書の有効期間や失効を管理し、更新していく作業は現実的には困難です。
こうした課題に対する技術基盤も、ここ1年で急速に整備されつつあります。現時点で有用だと言われているのが、有効期間内や失効前にタイムスタンプを重ねていくことで、署名の延長を可能にする長期署名フォーマットという方式。さらにその方式に対応し、タイムスタンプを付与するタイミングを自動的にスケジューリングし、実行してくれる製品も登場しています(システム構成例の図参照)。
一方、可視性という観点から長期保存で問題になるのが、保存する文書のフォーマット。法律で義務付けられた保存期間は10年程度であっても、生命保険の契約書のように、企業としてはそれ以上の期間に渡って保存すべき文書も存在します。ところが、例えば20年後のIT環境で、現在の文書フォーマットが見読できるという保証はありません。この問題に対する文書フォーマットとして有力なのが、現在のPDF形式をベースにしたPDF/A(アーカイブ)と呼ばれる、長期保存を目的とした文書の保存形式。電子取引推進協議会(ECOM)などを中心に、現在仕様の検討が進められています。
運用を含めた技術基盤が整備されてきました。さらに、具体的な要件を定めた各省庁の省令が、徐々に明らかになっています。2005年4月から施行される「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」、通称「e-文書法」は、これから多くの企業で文書管理のあり方を中心とした業務全体を見直す大きなきっかけになると考えられます。
- この記事について:
- この記事は、情報誌「MELTOPIA」2005年4月号(No.105)に掲載されたものを転載しました。