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eコマースの普及で求められる企業法務のポイント
ここ数年、eコマースに代表されるIT関連ビジネスを対象とした法案が相次いで成立しています。
背景には、既存の法律がインターネットを前提としていなかったことから、既存の法律をどう適用するのかという問題、さらには適用すべき法整備が不十分だという問題があります。
では、インターネットの利用がビジネスに定着した現在、企業の法務では何が重要になるのでしょうか。今回は、eコマースを取り巻く数多くの法律のうち、特にデジタルコンテンツの著作権、成立が相次ぐ取引に関する法律、個人情報保護の問題を中心に、企業が取り組むべき法務対策のポイントを整理しておきましょう。
既存の法律をeコマースにどう適用するか
5月19日の読売新聞は、日本国内では初めてホームページの無断複製で著作権侵害が立件されたというニュースを報じました。大阪府内の会社員が他人のホームページにある文章や画像などを、無断で複製し、自分のホームページ上に公開。掲載元の男性の告訴によって大阪府警がこの会社員に聞いたところ盗用を認めたため、著作権法違反容疑で書類送検したというものです。
また、4月9日の日本経済新聞は、インターネット上の音楽ファイル無料交換が著作権侵害にあたるというニュースを伝えています。インターネット上での音楽ファイル無料交換サービスを提供する日本エム・エム・オーに対して、東京地裁が4月9日、「ファイル提供を可能にすることで制作者の著作隣接権を侵害した」として、同社にサービスの差し止めを命じる決定をしたというものです。すでに米国では、ナップスターが同様の著作権侵害を認定されサービスを停止したというケースが注目を集めましたが、日本での司法判断は初のことです。
こうした違法コピーに関連した著作権法に限らず、最近はインターネットやデジタルコンテンツに関する犯罪、司法判断、法改正に関する話題がマスコミで取り上げられる機会が増えています。消費者のトラブルに目を向けると、迷惑メールやネットオークションによる詐欺行為など、悪質業者による違法行為が特に問題視される傾向があります。また、eコマースに代表されるインターネットを活用したビジネス・スタイルが定着した現在、一般的な企業にとっても、IT関連法は非常に重要です。
インターネットが登場する以前から、商法や民法、刑法などの基本六法はもちろん、独占禁止法や不正競争防止法、証券取引法、税法など、企業経営には、ビジネスに関連する様々な法律が密接な関わりを持ってきました。情報がデジタル化(電子化)され、取引の手段としてインターネットが定着しても、それがビジネスである以上、法律による規制は不要になるものではありません。
ところが、既存の法律はインターネットを前提に制定されたものではないため、eコマースに代表される新たな商取引の形態に対して、既存の法律がどのように適用されるかという解釈に関する議論、あるいは適用すべき法整備が不十分だという問題がクローズアップされてきました。例えば次のようなものです。
- eコマースではいつの時点で契約が成立するのか?
- 操作ミスによって商品を注文してしまった場合に返品することはできるのか?
- 従来の契約で必要とされていた書面の交付はeコマースでもすべて義務付けられるのか?
- Webサイト上で名誉毀損に該当する書き込みがあった場合、そのWebサイトの運営事業者はどこまで責任を負うのか?
- 著作権侵害などがあった場合には、どこの国の法律が適用されるのか?
- 海外のWebサイトから商品を購入した場合、関税は課税されるのか?
インターネットを活用した新たなビジネス・スタイルが定着する中、企業には、こうした広範囲に及ぶ法務が求められるようになったのです。中でも特に重要なのは、デジタルコンテンツに関する著作権、eコマースの取引に関する法律、個人情報保護の問題だといえるでしょう。
著作権侵害事件に見るリスク・マネジメントの重要性
デジタルコンテンツの著作権に関わる問題が大きな注目を集めるようなったきっかけは、米ナップスターの無料音楽ファイル配信サービスだったといえるでしょう。同社が提供したのは、インターネット上で、MP3(MPEG Audio Layer-3)という圧縮方式を利用した音楽ファイルを、利用者同士が直接交換できるサービスでした。検索やダウンロードが容易な上、無料で音楽データを入手できることから利用者も急増。MP3形式に変換された音楽CDのデータが大量に交換されるという状況が生まれました。これに対し、全米レコード協会(RIAA)が著作権侵害で同社を提訴。最終的にRIAAの主張が認められました。同社はその後、有料サービスへの事業転換を目指しましたが、資金を確保できず、6月3日には破産申請(日本では会社更生法にあたる米連邦破産法11条の適用)という事態にまで追い込まれました。
この米ナップスター事件は、企業にとってリスク・マネジメントの重要性を再認識させるケースだったともいえるでしょう。企業の法務には、実際に権利を侵害されたといったトラブル対策のみならず、事前にトラブルを回避する予防法務という側面がありますが、この予防法務は、例えば新規事業が著作権を侵害した際に生じる企業にとってのリスクを想定し、事前に対策を講じるというリスク・マネジメントにほかなりません。企業が新規ビジネスに参入する上では、法的なリスクという視点からのリスク・マネジメントも不可欠なのです。
また、米ナップスター事件には企業経営を考える上で重要なポイントがもう一つあります。ビジネスとして同社のサービスに目を向けると、同社のサービス利用者が全世界で6,000万人以上(2001年3月時点)という事実を無視することはできません。前号の特集(「本格化するブロードバンド時代に向けたCRM戦略の重要性」)でも紹介しましたが、現在企業には、顧客に対する価値を提供できるような顧客志向のビジネスが求められています。6,000万人という利用者数は、同社がまさに顧客志向のサービスを提供していたと見ることもできるのです。
当たり前のことのようですが、今回の事件は、顧客志向を徹底させるためには、法的な規制をクリアしておくことが大前提だということを示しています。ただし、ここで難しいのは、法的な規制のクリアを重視しすぎると、操作性の複雑さや高価格化などを招き、利用者にとっての価値を低下させてしまう可能性があるということです。法律を守りながらいかに顧客志向を徹底できるか。企業法務には、このバランスをとるノウハウも求められるのです。
日本の著作権法は、インターネットの普及に伴い、平成9年以降相次いで改正されています。具体的には、平成9年の改正では、デジタル情報の表示のみならずインターネット上で送信する際にも著作者の許諾が必要になり、平成11年の改正では、コピー防止機能などを取り外す行為に対する規制が追加、平成12年の改正では、法人が権利を侵害した際の罰則が強化されています。企業はこうした法改正の動向も常に把握した上で、予防法務に取り組んでいく必要があるといえるでしょう。
相次いで成立する取引関連法案にも目を向ける
eコマースは、従来にはなかった取引形態であることから、ここ数年、これに合わせた新たな法案が相次いで成立しています。eコマースに取り組む企業は、こうした新法が規定する内容も把握しておく必要があります。ここで、代表的なものをいくつか紹介しておきましょう。
- 電子契約法(「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」)
- 平成13年12月25日施行。従来の民法では、承諾の意思表示がなされた時点で契約が成立する発信主義が採用されていましたが、eコマースでは、承諾の意思表示が先方に到達した時点で契約が成立する到達主義とすることが柱。誤操作による承諾を防ぐ目的から、消費者の意思表示行為を確認するための措置を講じることも義務付けられています。
- IT書面一括法(「書面の交付等に関する情報通信の技術利用のための関係法律の整備に関する法律」)
- 平成13年4月1日施行。特別法などで義務付けられている書面の交付を、受領者の同意を条件に不要とし電子化を認めるという内容が柱。証券取引法や金融先物取引法、社会福祉法などで義務付けられていた数多くの書面について電子化が認められました。
- 電子署名法(「電子署名及び認証業務に関する法律」)
- 平成13年4月1日施行。相手が確実に本人であること、情報が途中で改ざんされていないかを確認するための制度。具体的な認証方法が規定されているのではなく法的な安全性確保が目的になっています。
- 消費者契約法
- 平成13年4月1日施行。事業者と消費者間の契約全般に適用され、消費者保護の視点から、契約の取消権、消費者にとって不利益な条項については取引が無効になるケースなどが規定されています。
- 特定商取引に関する法律
- 平成13年6月1日施行。以前は訪問販売法と呼ばれていたもので、B to Cのeコマースは通信販売扱いとしてその事業者を規制する法律。誇大広告の禁止、消費者に対する商品の価格や支払時期などの明記などが盛り込まれています。
このほか、法律ではありませんが、経済産業省がeコマース関連の法解釈についての指針として今年の3月に『電子商取引等に関する準則』を発表しています。関連法案と併せて参考にするとよいでしょう。
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重要性が高まる個人情報保護の問題
複製が容易、迅速に広範囲の伝達が可能というデジタル情報やインターネットの特性から、企業にとっては個人情報保護の重要性が年々高まっています。ところが現実には、個人情報が流出する事件は後をたたず、5月末には、エステティックサロンを経営する会社や建材会社、旅行会社、テレビ関連会社などのホームページから個人情報が流出していたことが、次々と報じられました。特にこの4社の場合は、いずれも個人情報とホームページ用のデータを同じ場所に置いていた事実も明らかになったため、安全管理に対する意識の低さも問題視されています。
法律による規制ということでは、現在個人情報保護法案が注目されていますが、マスコミ各社の反対などがあり、成立が難航しています。ところが、企業は法案の有無に関わらず、原案にある適切な方法による取得や安全保護措置の実施などを重要課題だと認識し、積極的に対策を講じていく必要があります。
ハッカーによってシステムに侵入され、個人情報が盗まれたと考えれば、企業は被害者であるともいえますが、情報を提供した消費者から見れば、企業が加害者であることは間違いありません。企業は個人(顧客)情報の流出が、単に損害賠償といったリスクのみならず、信用の失墜や顧客離れといった致命的なダメージにもつながる大きなリスクだということを十分に認識しておくべきなのです。
月日(2002年) | 内容 |
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3月1日 | 経済産業省 迷惑メール規制として「特定商取引に関する法律の一部を改正する法律案」を公表 |
3月5日 | 経済産業省 「電子商取引等に関する準則(案)」を発表 |
3月6日 | 世界知的所有権機関(WIPO) インターネットに配信されるビデオ映像等に関する知的財産権の国際的な保護として著作権条約(WCT)発効 |
4月5日 | コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS) 同協会のWebサイトに集中的なアクセスによる攻撃を仕掛けた参加者を電子計算機損壊等威力業務妨害容疑などで告訴する方針を表明 |
4月9日 | 東京地裁 著作隣接権の侵害を認め、日本MMOに対して音楽無料交換サービスの差し止めを命じる決定 |
4月15日 | 東京地裁 インターネット電子掲示板での発言を無断でまとめて出版した光文社などに対し、著作権侵害による出版、販売差し止め請求を認める判決 |
4月25日 | 最高裁第一小法廷 中古ソフト販売が著作権侵害に当たらないとする初判断 |
5月27日 | プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関わる法律)が施行。 |
残されているのはグローバル化に伴う課題
すでに紹介したとおり、eコマース関連の法律については改正や新法の成立が相次いでいますが、国境の壁を越えるというインターネットの特性に関わる分野については、法整備がそれほど進んでいないのが現状です。具体的には、トラブルが発生したときにどこの国の法律を適用するかという「準拠法」の問題、どこの国の裁判所に提訴するかという「国際裁判管轄」の問題などです。こうした問題については現在、ハーグ国際私法会議といった機関で条約策定に関する議論が行われています。
また、著作権も含めた知的財産権の国際的な保護については、世界知的所有権機関(WIPO)の著作権条約が今年の3月6日に発効するなど、各国が協調する動きも生まれています。ビジネスのグローバル化が加速する中、企業は法整備についても、こうした国際的な動向をウォッチしておく必要があるといえるでしょう。
今回紹介した法律以外にも、IT関連事業には、広告規制に関する法律や独占禁止法、景品表示法、不正競争防止法、商標法、ビジネスモデル特許、さらには刑法、税法など広範囲の法律が関わってきます。多くの企業がITを活用した新たなビジネスを模索する中、法務の重要性がこれまで以上に高まっていることは間違いありません。
一口コラムロックバンドが試みた究極の(?)海賊盤対策
人気ロックバンドのパール・ジャムは、2000年に行われたヨーロッパ・ツアー、USツアーのライブCDを発売していますが、注目すべきは、1タイトルにつき1回の公演をすべて無編集/無修正で収録していること、つまり公式の"海賊盤"ともいうべき内容だということです(すべて2枚組)。さらに前代未聞なのは、すべての公演が網羅されていること。結果として総タイトル数は70を超えています。メンバーのコメントによれば、音質が悪い高価な海賊盤を購入しているファンに向けたサービスということですが、これは海賊盤流通に対する究極の対策といえるかもしれません。ただしファンとしては嬉しい一方、70タイトル以上となるとすべて購入するわけにもいかず、複雑な心境でもありますが・・・。
- この記事について:
- この記事は、情報誌「MELTOPIA」2002年7月号(No.73)に掲載されたものを転載しました。